2014.2.9(日) 『 「井上耕心副住職」を通して聴く 《東日本大震災被災地のこころ》 』

2014年2月9日(日)午後 稚内教会の礼拝堂で、大林寺井上耕心副住職のお話しを聴きました。稚内にこのような方が居られること、本当に嬉しく感謝。これからも共にあゆませて頂きたいと思います。
2014年2月9日(日)午後 稚内教会の礼拝堂で、大林寺井上耕心副住職のお話しを聴きました。稚内にこのような方が居られること、本当に嬉しく感謝。手前のビデオで記録したものを当HPの「礼拝録画」からご覧になれます。右側の男性はこの日一番にお出でになった井上さんの後輩の別のお寺の僧侶さん。教会のわたしたちも、これからも共にあゆませて頂きたいと思います。

 

写真は稚内教会の礼拝堂を会場に日曜日の午後ひらきました「東日本大震災を考え 共にあゆむ集い」の一場面です。

 

2月4日(火)のブログで既にご案内しておりましたが、予定通り、稚内市にある、浄土宗大林寺の井上耕心副住職さんを講師としてお招きして、講演して頂きました。

 

凛々しい35歳の副住職であります。

 

当日は、お子さん3人と奥さまも教会にお出でになっていました。特に、普段、ご主人さまのお話しを、外で聴く機会がないと思われる奥さま。母子室で身を乗り出すような思いで、心を傾けて居られるようにお見受けしました。

 

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井上さんは、震災発生以後、岩手・宮城の被災地に幾度も出かけられ、継続的に被災地の方たちに寄り添う努力を続けて来られた方です。

 

ある「ご縁」(キリスト教的には「お導き」でしょうか)をきっかけに、多くの写真を撮影し、写真展を開き稚内近郊の方たちのみならず、最近では、日本の各地に出向いて展示。被災地での出会いを通して与えられた気付きを、丁寧にお話しされています。

 

この日の講演の様子は、稚内教会ホームページ内の「礼拝ビデオ」のページでご覧になれます。関心を持って下さる方は、ぜひとお勧めします。

 

井上副住職。

 

「東日本大震災被災被害者の言葉から学んだこと」というご自分なりのタイトルをつけた丁寧なプリントを準備して下さり、それに沿ってお話しされました。

 

また、パネルに貼られた大判の写真、そして、とっても分厚い写真アルバム集3冊を持参され、自由に見ることができました。ありがたかったです。

 

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井上副住職。

 

講演の初めと終わりに、聖壇に立って、僧侶としての真を尽くしてお話しを始め、終えられました。(2/14にお目にかかって聴いたところ、「十念」という、阿弥陀仏を10回唱えるものだったのこと)

 

3年の間にわたる経験の中で、井上さんでなければ語ることのできない、力ある言葉を秘めて居られました。ユーモアを交え、やわらかに、穏やかに、しかし気迫をもって20名程の来会者に向けてお話しになりました。

 

わたしが(牧師のもりでございます)足すことも、引くことももったいないので、ぜひ、時間をおつくり頂いて、ビデオをお聴きになるとよいかなぁ、と思います。

 

でもそれでも、一点だけ記します。

 

「誰もが遺族なのだ。被災していな我々も誰かを亡くしている遺族。その気付きが与えられた時、少し、気持ちが楽になった。被災地に出かけるときに、変に気を張らなくてもよくなった」

 

こう語られたこと、このブログにも留めたいと思います。

 

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以下、井上耕心副住職が、打合せの時にわたしに「もり先生に、是非読んで頂きたいと思います。こんど清書して持って来ます」と言われていたものを、井上さんのご了解を得て、ブログの読者に公開いたします。

 

以下、井上さんがお聴きになり、まとめられたものです。では、わたしはここで失礼します。end

 

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《節目を設け行方不明者を忘れていく第三者・行政、私に節目などありません》

 

                  小学生の息子さん二人が行方不明の女性
                                                               
 大津波で小学生の息子二人と夫を亡くしました。私が住む集落では多くの犠牲者が出ました。車で避難途中、私は車ごと流されたのですが助かった。しかし、他の車に分乗して逃げた息子二人と夫は津波にさらわれてしまいました。津波から四日後に夫は見つかりましたが、息子二人は未だ見つかっていません。

 

 復興のため、地盤を上げる嵩(かさ)上げ工事とか、岸壁工事などが進んでいくと、ついつい思うんです。「工事で土が盛られている下はどうなっているのか?」と考えてしまいます。

 

 行政の方から「間違いなく盛り土の埋め立て部分は見ました」と言われても、自分の目で確かめたいというのが本当の気持ちなんです。ダンプカーが津波被害のあった地や沿岸に土を盛りだすと、息子は一生見つからないのではないかと思ってしまう。

 

 

 自分で懸命に捜しました。遺体安置所にも「見つかっていないか?」と何度も行きました。私の友人、親類は言うまでもなく、夫の友達も加わり捜索してくれました。でもまだ見つからないのです。流された車が見つかりましたが、他は何も見つかっていません。

 

 

 大津波が起こったときは、本当に何が何だかわかりませんでした。何が起こったのかも、わかりませんでした。家族を失い、家まで流されて、気持ちがおかしくなるようでした。苦しくって、苦しくって、悲しみのやり場がなくて、捜索することが唯一の希望でした。

 

 

 しばらくして、同じ境遇の人と話したくなりました。震災から四ヵ月くらいたった時でしょうか。津波で親しい方、親族を亡くした方が集まる「会」が近くの会館で開かれていることを知り、出かけました。そこで私と同じように息子・娘を亡くした人が集まっていたのです。

 

 「がんばりましょう」とか、何かをどうかするというのではなく、お互いが思っていること、胸の内を出し合っただけです。これまで誰にも言えなかったことが、同じ境遇の方と出会い、少し気持ちが楽になったのは事実です。

 

 もし「会」に行ってなかったなら、今ごろどうなっていただろうかと思います。そこで出会った人には、助けてもらったり、話を聞いてもらったりしています。その会には毎月参ります。

 

 

 月日が経つと、被災していない方とはなかなか話せなくなる。いつも「息子はどうしているのか?」と思い続けていますから。差がはっきりしてくるというか。

 

 しかし、一方で取り残されているという気持ちがあります。家族が無事だった人は新しい生活がどんどんできる。でも私たちは、その時から何も変わっていない。励ましや善意からでしょうが「いつまでもそんなことではなく前向きにがんばらないと」と声をかけられるのが、本当に嫌なんです。そんな簡単なものではない。わからないんだ、と思ってしまうんです。

 

 

 本当に、自分のお腹を痛めたわが子は特別です。七年前に父を亡くしましたが、その時は悲しくも「父のためにがんばりたい」「供養をちゃんとやりたいし、自分自身もがんばりたい」と思いました。しかし今回は絶対にそういうことは思えない。「自分のためにがんばろう」とは絶対に思わない。まったく違うものなんです。まだ現実を受け入れられないのかもしれません。息子二人があの日からいなくなったことは認めたくない、いなくなったことが信じられない。

 

 

 息子と夫、三人が何をすれば喜んでくれるのかと常々思います。何をしたら三人が喜んでくれるか。音楽なら、三人がそれぞれ好きな曲をかけます。自分が納得いく曲をかけます。思い出したくないから好きな曲や好きな食べ物を避けるということはない。

 

 悔やむことがなくなることはありません。いつも抱えている。悔やむ気持ちが起きると、どこまでもその気持ちにとらわれてしまう。爆発させないように抑えて生きています。

 

 *

 

 役場から、[行方不明者の家族の方へ]という文書が、これまで一年目の三月と九月に送られてきたのですが、今年の九月にはその文書は来ませんでした。

 

 大津波から二年半だ三年目だ、と、節目が出来てきている。県知事も私が住む市も「行方不明者が見つかる最後の一人まで!」と必ず言いますが、節目を作っていくんですね。行方不明者の捜索状況など知らないから、どんな状況なのかまったくわかりません。行方不明者のことは忘れられているのではないかと思ってしまう。

 

 捜索はだんだん規模が小さくなり、毎月十一日だけの集中捜索という形になってきました。「最後の一人まで!」と言われるなら、時々の捜索情報を知らせてほしい。何の情報もありません。復興のことが中心になっていますが、行方不明者が見つかることを待っている家族がいることも忘れないでほしいです。

 

 息子二人と夫と一緒だったらこんなに苦しむことはない、運が悪かったから生き残った。とも思いました。

 

 

 大津波から百日が過ぎたころでしょうか、お寺の和尚さんに「葬儀を勘違いしていませんか?急ぎませんから、あなたの気持ちに従いますから、おっしゃって下さい」と言われた。

 

 「葬儀は、人の力ではできないこと、苦しみを除くことはできないことを、佛さまの力でやっていただくのが葬儀です。諦めたと思われるのではなく、息子さん二人を、お連れ合いを、これからも大事にするんだ、好きなんだと心に誓い、世間に知ってもらうんです」と勧められました。

 

 「本当に良いのかな?」と迷いました。すると和尚さんは「自信持ってやりなさい」と、後押ししてくれました。勧められたことに頷いたから葬儀をし、一周忌もしました。くたくたで限界だったのかもしれません。

 

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【 浄土宗 大林寺  井上耕心 副住職】
〒097-0024 北海道稚内市宝来3丁目3−36

 

 

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